| 功労賞 | 長年にわたり音楽活動を行い、音楽界に大きな貢献をされた人に贈る。 |
| この賞は5名の方に贈られました。 | |
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梓 みちよ |
昭和38年『ボサノバでキッス』でデビュー。この年『こんにちは赤ちゃん』で第5回日本レコード大賞を受賞された。以来、作品は常にヒットし、第一線で活躍されてきた。中でも『二人でお酒を』ではステージパフォーマンスを披露するなどイメージチェンジにも成功をおさめ、現在もなお独自の境地で活躍されている。長年にわたり日本歌謡界に貢献された功績を称え、ここに第45回日本レコード大賞功労賞が贈られた。 |
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池田 充男 |
昭和35年にテイチクレコード専属作詞家となり、主な作品として昭和40年の『二人の世界』『小樽の人よ』 など数多くのヒット曲を出され、昭和52年には『愛の終着駅』で日本レコード大賞最優秀歌唱賞、さらに平成4年には『白い海峡』で第34回日本レコード大賞を受賞された。独自の筆致と感性で日本の歌謡界に不朽の成果を残されておりその功績を称え、第45回日本レコード大賞功労賞が贈られた。 |
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市川 昭介 |
昭和36年作家としてのデビュー曲『恋しているんだもん』(島倉千代子歌)で、日本レコード大賞作曲奨励賞を受賞。門下からは畠山みどり、都はるみ、水前寺清子を相次いで世に出され、『出世街道』『アンコ椿は恋の花』『涙の連絡船』など、多くのヒット曲を出されて日本の歌謡界に不朽の成果を残された。また歌手に易しく楽曲を教える才能と人柄は素晴らしく、さらに作曲した作品群がカラオケで数多く歌われていることからも、氏の作品が幅広い人達に愛され続けていることを深く感じさせる。これらの長年の功績に対し、ここに第45回日本レコード大賞功労賞が贈られた。 |
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伊東 ゆかり |
昭和34年に『クワイ河マーチ』でデビュー。その後外国系ポップスの大衆普及に努められ、昭和42年には『小指の想い出』が大ヒットして日本レコード大賞歌唱賞を受賞された。さらに『恋のしずく』『知らなかったの』など都会調歌謡曲で多くのファンを魅了。またミュージカルにも挑戦、昭和60年からは毎年コンサートを開催して幅広く活躍されている。その功績を称え、ここに第45回日本レコード大賞功労賞が贈られた。 |
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野崎 眞一 |
昭和33年テイチクレコード専属作曲家として石原裕次郎・八代亜紀らの作品創りを主として活動。『夜霧の慕情』『夜のめぐり逢い』など数多くのヒット作品を生み出した。特に昭和51年・52年には八代亜紀の歌唱による『もう一度逢いたい』『愛の終着駅』で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を2年連続受賞の偉業を達成された。その独自の作風は常に大きな評価を受けてる。長年にわたる貢献度を高く評価し、ここに第45回日本レコー ド大賞功労賞が贈られた。 |
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